2006/04/20

営業の力

最近、アイフルに対する集団訴訟が報道された。俺が気になるのは、その関連でいわれている「CMが実態とそぐわない」という非難だ。

まぁ、実際の取り立てがどんなもんなのかは俺は知らない。だが、例えどんなものであれ、それをCMでいう奴はいないだろう。世の中で放送されているほとんど全てのCMは、実態とは多少異なっているはずである。

そもそも、ここ数年消費者金融が力を入れいていたのはイメージ戦略であり、アイフルのCMもその例に漏れなかった。イメージには具体的なものは何一つなく、「実態とCMの乖離」というのも個人の主観で判断せざるを得ないものに過ぎない。

俺は、強引な取り立てを非難するのは正しいと思うが、CMの出来が良すぎるのを非難するのは何か間違っているのではないかと思う。

とまぁ、アイフル集団訴訟に対する俺の意見は置いておくとして、今日俺がここに書きたいのは、営業の重要性だ。

訴訟の遠因ともなったアイフルのCMはかなり良くできていて、消費者金融が抱える「イメージが悪い」という問題を相当改善しつつあった。で、そのお陰で金を借りる奴が増えて、営業利益が増えた。

実際の商品(金を貸して利子を付けて返してもらう)がどうあれ、CMの影響により売り上げが伸びたのだ。これぞCM、つまり営業活動の真価というものだ。

俺は技術屋であり、ついつい営業を軽視しがちだ。モノが良ければ売れる。ちゃんと仕事をすれば評価は後からついてくる。つい、そう思ってしまう。

だが、実は作ったモノが売れるか否かを決定するのは、モノの性能や品質ではなく、営業活動の成否によるのではないのだろうか? 「イヌイットに氷を売る」ではないが、史上最凶の糞OSだったWindows95もあれだけ売れたのだし、イメージ戦略に注力した消費者金融も大いに躍進したのだ。売り上げに対する営業力の割合は、世の中の技術屋が思っている上に大きいといわざるを得ないのではないか? 逆に言えば技術屋は売り上げには余り貢献できない、ということなのではないか?

もちろん、商品が余りに悪いと今回の件のような憂き目を見ることになるし、技術屋も仕事の手を抜くことは許されない。だが、作ったモノを金に換えているのは営業なのであり、問題が起きたときに頭を下げに行くのも営業なのだ。技術屋はそれを忘れてはいけないと思う。

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