2009/05/01

あな

スーツを新調した。

別に、この年になってから性に目覚めておしゃれに気を遣うようになったためでもなければ、季節の変わり目だからという訳でもない。単に、スーツのズボンに穴が空いたためである。

いつも人に笑われるが、俺は外出する際には常に鞄は肩から提げるようにしている。典型的なオタク臭の漂うあのスタイルである。それは通勤の際も同様であり、必ず鞄は肩にかけている。その都合上、鞄の生地とスーツの腿のところがこすれて、気を付けてないとズボンに穴が空いてしまうのだ。

俺的には穴が空こうがズボンをはいていなかろうが、別にどうでも良いとしか思っていないのだが、しかし、曲がりなりにも客商売である以上、最低限まともな格好をしている必要がある。例えよれていようが型が古かろうが、最低限、穴や破れの無いスーツっぽい布きれでチンコとすね毛を隠さねばならない。これはサラリーをもらう社会人として必須である。

そういうことで、手取りが少なくなり、ますます生活が苦しくなりつつあるこの状況下でありながらも、思い切ってスーツを買ってしまった。

だがそもそも、穴が空かなければ無駄な支出を削減することができるのだから、例の腐臭漂うスタイルをやめればいいのではないかとも思うのだが、しかしこれはそう簡単な問題ではない。あの格好はいろいろな条件を勘案するともっとも安全であるという結果が導き出されるスタイルのなである。

まず第一に楽である。わざわざ手で鞄を持つ必要がないため、疲れにくい。第二に、置き忘れる心配がない。手で持っているとついどこかに置きたくなるが、そうすると置き忘れる危険性がある。手放さなければ置き忘れる心配はない。第三に、痴漢に間違われるリスクを軽減することができる。電車内で、鞄で股間を護り、両手を上に上げていることで、あらぬ言いがかりを付けられるスキをなくすことができる。

というか、むしろ鞄を手に持って満員電車に乗っている奴らの方が不思議である。あれはわざとやっているのだろうか? 鞄を手に持ち下におろしていると、ちょうど手がケツの部分にあたる。それを判った上で、女のケツを触るべくしてわざとそうやっているのか、さもなくば著しく頭の働きが鈍く、現実が認識できていないのか、そのどちらかとしか思えない。そういった連中がいる限り、世の中から痴漢が無くなることはないだろうし、同時に、痴漢の冤罪が無くなることもないだろう。

いずれにせよ、いろいろな意味でのセキュリティ的観点から言って、鞄は手に持つものではなく肩に提げておくべきものであるという結論が導き出される。

だがこのスタイルにはいくつかの重大な欠点がある。まず、先にも書いたがスーツに穴があくという問題が挙げられる。ジーンズの生地ですらこすれて薄くなり、ついには貫通するぐらいなのだから、スーツのペラペラな布きれなどたちどころにやられてしまう。次に、このスタイルは自ら公衆に対してオタク・マニアの類、すなわち、被差別階級の所属であることを公言しているようなものだということである。大多数の人は、おそらくこのレッテルを背負うことを恐れ、忌み嫌うのだろうが、俺はもはやそのような問題は超越している。マニアは、他者からマニアであると蔑まれることは気にしない。

しかし、余分な出費が嵩む現実は残る。合理性を妥協するつもりはないが、穴が空く問題には何らかの対処が必要であろう。

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